経営計画は予言書じゃない。やりながら修正していく柔軟さを持つ。
人類は、いつの時代も未来予測に憧れますが、経済活動などの複雑な事象に関して、これまでの歴史で当たった試しがありません。
例えば、その昔、IBM会長トーマス・ワトソンは「世界に必要なコンピュータは5台程度」と予測しました。
ミシガン銀行頭取は「馬は今後もずっと使われる。自動車は目新しいだけで、一時の流行に終わる」と言い、フォードに投資しない方が良いと周囲を説得しました。
いずれも、大外れだったわけですが、未来予測が外れる理由は、技術を読み誤るからではなく、人間を読み誤るからだと思います。
そういう意味では、経済や経営などの、人間が絡む事象での未来予測は不可能に近いと思うのです。
40年も前の話ですが、雑誌「エコノミスト」が、様々な職業の人々に、10年後の経済成長率や石油の価格などを予測してもらうという特集を組みました。
結果、政治家も大企業の経営者も学者も学生も、そして清掃員にいたるまで、みんな「どんぐりの背比べ」の大外れでした。
未来予測の脆弱さは企業活動も同じですが、ところが、企業の経営計画書は、いわば予言書のように、その通りになることが期待されますよね。
そもそも、これだけ変化が激しく正解がない時代では、そんな事は「無理ゲー」というもの。
そんな時代では、計画書は「こうなるはず」という仮説で作るしかありません。
にも関わらず、予定調和がが求められるのは、私たちは予定外のことを嫌うからです。予定通りに事が進めば、仕事は作業だけになりますが、予定外のことが起きると、その都度、思考を立ち上げなければならず大変だからです。
上場企業は株主が予定調和を求めますしね。
これは、職種によっても程度が変わります。
以前に、社会インフラ系の大企業で研修を行ったことがあります。社会インフラは「あって当たり前」で、何かトラブルがあると生活者は大騒ぎし批判します。
だから、すべての行動原理が「誰がやっても必ずそうなる」という予定調和になるんですね。
研修では5人1組になりグループワークを行う予定でしたが、急遽、病欠の方が出てしまいました。その穴を埋めるためにオブザーバーの管理職に入ってもらおうとしたら、「そういうことは研修前に相談してください」と怒られてしましました。
その時は「この石頭め!」と腹が立ったのですが、後で考えると、職種柄、感性が違うのだと理解したのです。
どんな企業も、ルーティン作業は予定調和で進むことが望まれますが、未来を創る仕事は試行錯誤が求められます。
計画段階では仮説で埋め尽くされており「やってみないと分からない」ことばかりです。それはイコール「やってみれば分かる」ということですので、行動しながら仮説の検証を行い、計画を修正していく必要に迫られます。
上手くいかなかったということは、仮説の間違いが分かったということで歓迎すべきことだと思うのです。
だから、計画の実行過程の中に計画立案の修正プロセスが埋め込まれているという構造が求められるのです。
私たちは、これまで「綿密な計画を立てて、その通りに実行する」ことを最上としてきましたが、その常識は今後、大きく変わっていくでしょう。
未来は、予測するものではなく「つくるもの」
予定外を受け入れ、変化の中にこそ可能性を見出す姿勢こそが、これからの時代を切り拓く鍵となると思います。
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