ケーススタディ 全員の合意が得られるまでスタートしないという本気の対話

これから紹介する事例は、指示ゼロ経営を目指すにあたり、妥協なき対話の重要性を私たちに教えてくれます。
社員数500人ほどのIT企業「A社」の、リーダーを含む6人のチームの、指示ゼロ経営への変容の事例です。

登場人物は、チームリーダーのKさん(女性)、5人の部下、Kさんが尊敬するメンター、組織開発コンサルタントの飯塚洋平さんです。

Kさんは、産休から復帰した直後にチームリーダーに就任しました。チームリーダーは初めての経験です。それに加え、子育てのために時短勤務をしていたので、5人の部下に対し、常に的確な指示を出すことができないという悩みを抱えていました。
同社には、部下は上司の指示に従い業務を遂行するという文化が根付いており、部下が自発的に考え、行動することは稀です。また、上司の采配で仕事が進むので、部下同士の協働はほとんどありません。
Kさんの時短勤務による弊害はすぐに表面化しました。Kさんが不在の時に顧客から問い合わせが来ても、部下が自分の判断で対応することができないため、対応が後手に回り、仕事が溜まっていく一方でした。対応が遅れれば、顧客からの信頼を失ってしまいます。

責任感が強いKさんは、このままではリーダーを続けることができない。辞退すべきではないか、と悩みました。そんな時に、普段からお世話になっているメンター、飯塚洋平さんを通じて指示ゼロ経営に出会いました。飯塚さんは、私が認める指示ゼロ経営のマスターです。Kさんは、飯塚さんから話を聞き、「この経営法なら今の悩みが解決するかもしれない。」と期待を持ったそうです。しかし、未知の経験で1人では不安が大きかったので、飯塚さんの助言を受けながら導入することにしました。

Kさんが最初に行ったことは、部下との個別面談です。自分の正直な気持ち…時短勤務で部下を管理しきれないこと、責任と孤独を感じていること、みんなに迷惑をかけてしまっている負い目などを、包み隠さずに伝えました。そして、指示ゼロ経営にしたいという願いを伝えました。
5人の部下のうち2人からは、導入に前向きな反応をもらいました。1人はどちらかといえば前向き、2人は消極的という反応でした。

その後、飯塚さんを交え、第1回目の全体ミーティングを行いました。Kさんは、改めて自分の悩みと、指示ゼロ経営導入の思いを伝え、みんなの考えを聞きました。
反応は個別面談と同じでした。2人の部下は前向き、1人はどちらかと言えば前向き、2人からは、「あまり必要性を感じない。」「あまり好きじゃない。」「ただでさえ忙しいのに、新しい取り組みなんてできるのか?」という否定的な言葉が聞かれました。

Kさんは、上長から、自分のチームに指示ゼロ経営を取り入れる承諾を得ていたこともあり、勢いでこの会議を押し切ろうとしました。
「5人のうち3人が前向きなので…」
そう言いかけた時に、飯塚さんが割って入りました。「ちょっと待って。多数決で決めてはダメだよ。反対意見も大切な意見だ。ちゃんと意見を聞いた方が良い。チームの未来を決める重要な決断だから、みんなが納得するまでしっかりと話し合おう。」

メンバーの思いや考え方をじっくりと聞くために、改めて時間をつくり、ミーティングを行うことにしました。2回目のミーティングの冒頭に、飯塚さんは、無理に進めても上手くいかないことを再度確認しました。そして、「今ならストップもできる。ちゃんと話し合ってからにしようよ。」と伝えました。
指示ゼロ経営の導入に否定的な2人のメンバーからは、「自分にとって、どんなメリットがあるか分からない。」「そもそもチームワークって必要ですか?正直、僕が入社してから、チームがちゃんと機能したという経験がない。それでも、なんとかやってこれた。今のままで良くないですか?」といった意見が出ました。

Kさんは、本音を言ってくれたことに感謝の気持ちを伝え、問いかけました。「今のままで良くないか?という意見が出たけど、今のチームってどんな状態だろう?」
すると、「向いている方向がバラバラ」という課題が浮き彫りになりました。そこで、「指示ゼロ経営を導入するかどうかは別として、自分たちのチームの理想について、1ヶ月間、考えてみよう。」と提案し、合意が得られました。

3回目のミーティングからは、まずは、互いのことを知ることから始めました。互いの思いや価値観が分からなければ、理想のチームは描けないからです。メンバーがペアになり、互いの思いや価値観と、それが形成されたであろう、過去の出来事、夢を紹介し合いました。このペアワークは、数回に分けて丁寧に行い、全員が互いを知ることができました。

次に、「どんなチームになったら、全員がハッピーに働けるか?」というテーマで、何度も何度も話し合いました。理想の状態を言うだけでなく、その理由も添えます。理由の中には、仲間を慮るものもあり、この時点でチームワークが形成され始めたと言います。
話し合った結果、「コミュニケーションが円滑」「メンバーが互いを知っている」「自分たちのチームの役割を全員が知っている」「チームのビジョンを全員が知っている」など、世代や経験値が違うメンバーが、それぞれの視点で意見を出し合い、理想のチームのあり方をつくり上げていきました。

次に、飯塚さんの支援のもと、そのようなチームになるための育成計画を立てました。理想のチームの状態を指標化した「チームの一人前指標」を作り、更にそれを1人1人の行動に落とし込んだ、「1人1人の一人前指標」を定めました。この育成計画をもとに、定期的に自分たちの状態をチェックしました。

メンバーは、これまでにない経験に、最初は戸惑っていましたが、すぐに自分たちで決め、行動する醍醐味を覚えたそうです。

飯塚さんは、メンバーがイキイキと仕事をする様子を見て言いました。
「これが、Kさんが目指す指示ゼロ経営というやつですよ。」
気づけば、チームは指示ゼロ経営になっていたのです。
後日、成果が経営陣に認められ、その年の全社表彰を受賞しました。

Kさんに、「指示ゼロ経営になって、チームにどんなことが起きましたか?」とお聞きすると、次のような変化を教えてくれました。

目に見える変化として、若手の発言量が5倍に増えたそうです。また、部下の中で最も仕事ができる方は、これまで自分の仕事が溜まっても仲間に助けを求めることができず、受注を断ることもあったそうです。しかし、チームが育ったことで、しっかりと受注できるようになりました。ある日、大きな受注があった時に、その部下の方が言ったそうです。
「みんなで協力すればやっていけるでしょう!」
その言葉が本当に嬉しかったと、Kさんは語りました。

その後、Kさんは再び産休に入りましたが、メンバーの知恵で、チームの育成プロジェクトはさらに進化しています。1年前までは「チームワークなんて必要ですか?」と言っていた部下が、今では、チームワークについて熱く語っています。
リーダーに就任した当初は、泣きながら溜まった仕事を片付けていたKさんが、今では、社内でも一目置かれるチームリーダーに成長したのです。

「同チームの実践のポイント」

経営者ではなく、中間管理職の方が指示ゼロ経営に挑戦されたことに敬意を評します。上長と部下に挟まれた中での決断は、本当に勇気がいることだったと思います。

実践のポイントを解説します。
1、急がば回れの好例です。安易に多数決をとったり、強引に押し切ったりせず、反対意見を持つ部下とも真摯に向き合い、根気よく対話をしました。強引に押し切ると、その時は良くても、後になり、押し切られた部下が組織の変容にブレーキをかけたり、抵抗勢力になったりすることがあります。

2、仕事は「What」(何を)「How」(どのように)やるかよりも、「Why」…なぜやるのか?を考えることが重要です。成功する組織は、みんなが「Why」を知っています。Kさんは、建前上の「Why」ではなく、正直な思いを伝えました。必要性をいくら上手に説いても、部下のモチベーションに火は点きません。変なプライドがあったらできないことで、Kさんのしなやかな強さがあってこその実践なのだと思います。

「What」は、「自分たちの手で最高のチームをつくる」というプロジェクトです。このプロジェクトに取り組んでいたら、気づけば指示ゼロ経営になっていたという、非常に巧みな進め方をしました。
よくある間違いに、「What」…何をやるか?に「指示ゼロ経営の導入」を置いてしまうことがあります。指示ゼロ経営は「How」です。何かしらのプロジェクト(What)に指示ゼロ経営(How)で取り組むという構図です。事例では、自分たちにとって最高のチームをつくるというプロジェクトに取り組んでいたら、指示ゼロ経営になっていたのです。

部下の中には、指示ゼロ経営という言葉から、「放置される」「自立を強制される」というイメージを持ち、不安を抱く人がいます。
「Why」が共有できてからプロジェクトを決め、指示ゼロ経営の作法を活用して進めれば、このようなことが起きると思います。

(拙著、「賃金が上がる!指示ゼロ経営」より抜粋、編集)

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