「上手く行かない」から上手くいく。
なかなか結論に至らない「じれったい話し合い」が行われることはないでしょうか。
方向性が定まらず迷走したり、意見がまとまらないような状態ですが、とてもストレスがかかりますよね。
だからこそ会議をスムーズに進めるスキルが開発されるわけですが、僕は、じれったい時間はとても大切だと考えています。
なぜならば、思考の量が増え、物事を深い文脈で理解するからです。
例えば、ある小学校で行われた「ルール決め」の事例をご紹介します。
ある学級では、給食を食べ終わるのが遅く、給食の職員に迷惑をかけているという問題を抱えていました。
そこで、担任がルールを作りました。
しかし、人は、自分で参画しないと物事を自分事にしません。まったく改善されないということで、ルールを自分たちで決めさせることにしました。
話し合いでは「タイムキーパーをつくる」「会話は最低限にする」といったアイデアがたくさん出ましたが、それゆえになかなか綺麗にまとまりませんでした。
中には、変なアイデアもあったそうですが、担任は口出しせず、全部を書き出し、実際にやってみることにしました。
ルールは必要に応じ加筆、修正、削除していきます。すると、時間の経過とともに洗練されシンプルになり、最終的には次の文言だけが残りました。
「給食の職員さんに迷惑をかけない」
職員に迷惑をかけているからルールを作ったのに、課題そのものがルールになったのです。
この文言を、事情を知らない他人が見たら「なんと稚拙な」と思うでしょうし、同じ問題を抱える別の学級に持ち込んでも効果はゼロでしょう。
できあがったカタチよりも「カタチをつくるまでの過程」に真価があるということです。
過程でじっくりと考えれば、カタチが稚拙でもまったく問題はありません。
このことは学習にも当てはまります。
私たちは「分かりやすさ」をよしとします。しかし、分かりやすいものは、思考の枠組みにストンと入るのですが、何の引っ掛かりもないため抜けるのも早いんですよね。
人材育成の達人は「分かりづらさ」を上手に取り入れます。
例えば、僕は師匠に「良いことは本当に良いことか?」と、まるで禅問答のような問いを投げられたことがあります。
「どういうことですか?」と聞くと「自分で考えろ」と怒るので、時間をかけ自分なりに考え、師匠に伝えました。
すると、師匠は「そうか」とだけ言いました。
出た結論の巧拙よりも、それが自分で出した結論であれば、どんなものでも役に立つということなのだと思います。
最初から美しい答えを出すのではなく、時間をかけ、積み重ねた思考にこそ価値がある。
停滞や混乱は遠回りではなく、むしろ成長への近道なのだと思います。
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