どうすれば、もっと他人に寛容になれるのか? 〜裁かない思考の育て方〜

思わず、他人を裁いてしまうことはないでしょうか?
「自覚がない」「言っていることが変だ」「一貫性がない」…特にリーダーや親、教師は、他者を裁いてしまうことが多いと思います。

他者を裁いてばかりいると、社会から寛容さが失われてしまいます。
というか、すでに失われていますよね…

そこから脱却するヒントは、「罪を憎んで人を憎まず」にあると思います。
「罪」と「人」を切り離す思考です。

そのためには「能動」と「受動」の話から始める必要があります。

能動とは、自ら他へ働きかけることを言います。
受動とは、他から動作・作用を及ぼされることを言います。

私達は、能動か受動か?(あるいはその中間か)といった具体に、物事を二元的に評価します。そして、能動、受動の評価は他者を裁く時のモノサシに使います。

裁判では、犯罪を自分の意志で行ったか(能動)、誰かに強制されたか(受動)かで判決が変わります。
しかし、どちらでもない様態があります。
「魔が差した」というやつです。
これは扱いが難しいのです。自分の意志でもないし、誰かに強制されているわけでもない。能動と受動、どちらにも当てはまらないのです。

世の中の事象には、これと同じように、どちらにも当てはまらない(あるいは、どちらとも言える)ものがあります。
それを「中動態」と言います。

例えば、感謝の気持がそうです。「感謝するぞ〜!」で生まれる気持ではありません。もし、そうであれば、どんな人に対しても感謝できるはずです。
かと言って受動でもありません。もしそうであれば、万人に感謝される人がいるということになります。

感謝や魔が差すは、能動でも受動でもなく、関係性や状況の中で出現するものです。

ビッグモーター事件では、不正の原因に焦点が当てられています。
現場の判断だったのか?(社員が能動的にやったのか?)
上からの指示があったのか?(社員が受動的にやったのか?)

能動と受動の概念しかないと、原因の解明はできないと思います。
経営陣は、何としてでも数字を作らなければならない状況にあった。
社員は、不正の指示は受けていないが、ノルマがキツかったために、そうせざるを得なく、それが常態化した可能性があります。

「思わずそうしてしまった」「そうせざるを得なかった」

「自覚がない」「言っていることが変だ」「一貫性がない」と裁く前に、能動でも受動でもない、第三の様態を想像することが大切だと思います。

今、社会全体に寛容さが失われている原因は、ここにあるのではないでしょうか。

寛容さを取り戻すためには、中動態の問い…「そうならざるを得なかった事情があったのかも」を持つことだと思います。
そうすれば、「罪を憎んで人を憎まず」を実践できるようになるかもしれませんね。

論破している場合じゃないね 笑

というわけで、今日も素敵な1日をお過ごしください!

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