岩手県陸前高田市「株式会社AKASI」の幸福創造経営

岩手県内に「さくら」という訪問看護ステーションを4箇所運営する「株式会社AKASI」(菅原晃弘社長)です。同社の事例からは、業績向上や賃上げが、健全な風土から生まれる創造性の「結果」であることが学べます。

同社は、東日本大震災の後に、「訪問リハビリステーションさくら」として開業しました。病院やケアマネジャーから、訪問看護や訪問リハビリの依頼を受け仕事が発生します。看護師、理学療法士、作業療法士の資格が必要な専門職です。

私が同社に出会ったのは、2019年10月でした。指示ゼロ経営の社内研修の依頼を受け陸前高田に行きました。社員さんが、非常にイキイキと自然体で研修に参加されており、非常にやりやすかったのを覚えています。
研修が進めやすい理由はもう1つあります。菅原社長は、事業に対する思いと、大まかな方向性は確固たるものをお持ちなのですが、細かな部分にはノータッチなのです。社員さんと一緒につくっていく重要性を知っているからです。社長が、あまりに細かな部分まで決めると、社員さんには参画の余地がなく、指示ゼロ経営の効果が得られなくなってしまいます。菅原社長がつくった経営方針書は3ページほどでした。私が「薄いですね」と言うと、言葉の意図を汲んでくれたのか、笑顔で頷いてくれました。

経営方針書の冒頭には経営理念が書かれています。
そこには、1番目に「専門職が、専門職として地域で生きる(活きる)経営。」と書かれています。
2番目以降に「訪問看護」「訪問リハビリテーション」が当たり前にあるサービスを地域に作る。「看護師になってよかった」「療法士になってよかった」と職員が思える会社。「この会社にはいってよかった」を実感できる。と続きます。同社にとって、自分たちが活きること、仕事に誇りが持てることが、高い優先順位に位置づけられているのです。

経営方針書には、お金に対する考え方も明記されています。
「お金は、我々の目的の産物であり、「幸せになる手段」で、目的ではない。」
「定めている売上目標は、方向を示すもので、会社の目的に向かうための矢印のようなもの」「お金を追うだけの人生なんて、つまらない。人や街や仲間に感謝されて、得たものがお金で、それが個人の幸せを叶える手段につながるものであってほしい」

研修では、午前中に指示ゼロ経営の基礎を学び、午後に、「未来新聞」を作りました。未来新聞とは、未来に出される新聞に自社の活躍が載ったと仮定して、その新聞を自分たちの手でつくるワークショップです。文章はすべて完了形で書き、成功までのプロセスを詳細に書きます。経営計画書に盛り込む内容を、すべて記事の形式で書くことで、計画に物語性を持たせる効果があります。新聞に載るには、社会性の高いことを成し遂げる必要があります。「統合プロセス」に時間をかけ、自社の存在意義を考え、それが体現したビジョンを描きます。会社の成功の先にある、社員さん1人1人が夢を叶えた姿も書きます。互いの夢を知ることで、互いに対する共感が生まれます。

菅原社長の対応は見事でした。3ページほどの方針書に書かれた、自身の思いと方向性を伝えたら、後は一切、口出しをせず、笑顔で社員さんを見守っていました。
社員さんは、社長の思いと方向性をもとに、各々の思いを伝え合い、およそ2時間後には「我々の価値観、思い」に統合しました。
未来新聞の大見出しには、同社の活躍により、地域に訪問看護や訪問リハビリテーションが当たり前になっている様子が書かれていました。それは事業所の数が増えただけでなく、小児や難病にも対応できる総合的なサービスが開発された未来です。

ビジョンには、A君という難病を持つお子さんが、同社の看護とリハビリテーションにより、生きる希望を持てるようになった物語が描かれていました。
A君は、難病のため外出ができません。そのため、お母さんはA君から離れられず、妹と関わる時間や、自身のプライベートな時間が制限されていました。
そんな時に同社に出会います。A君の状態を、ご家族や医師、学校などと共有し、通学できる方法を検討し対策を立てました。その努力が実り、3年後には学校生活が送れるようになりました。お母さんに時間ができたため、家族団らんの時間ができたり、仕事を持つことができるようになったりしました。A君は、たっての希望だった修学旅行に、大好きなお友達と行くことができました。それは、生まれて初めて、親元を離れての旅です。A君は、同社のビジョンの象徴です。年齢、立場や病状などを超え、A君のように人生を開花させる人が増えることをビジョンとしているのです。

同社では、全員で、このビジョンを実現するための方法を考えました。
そのためには、従来のような、病院やケアマネジャーから依頼を受ける下請け的な仕事ではなく、患者さんを中心にした総合的なサービス体制を整える必要があると考えました。その結果、看護師とリハビリテーションを行う理学療法士と作業療法士がチームを組み患者さんに向き合うサービス体制を開発しました。各事業所で、人の幸福を中心に捉えたサービスの確立のために、全員の知恵を結集し、価値の高いサービスを生み出しました。

独力が実り、たくさんの「心のごちそう」をいただけるようになりました。
同社では、心のごちそうを、素晴らしい工夫により可視化しています。同社の事業所名にちなみ、桜の形をしたカードに、患者さんやご家族からいただいた心のごちそうを書き込み、桜の木に貼っていくというアイデアです。

例えば、脊髄損傷で3年間、寝たきりの生活を送っている高齢者がいました。家族と同じ家に暮らしてはいますが、家族の生活領域と、患者さんの生活領域が完全に分離していました。ある年の年末に、患者さんが「正月は家族と一緒に、こたつで過ごしたいなぁ。」とつぶやきました。それを実現すべく、看護師と理学療法士と作業療法士がチームをつくり方法を考えました。看護師だけでは痛みのケアが難しいからです。非常に苦労が多かったと言いますが、努力が実り、患者さんは、こたつを囲みながら一家団らんの正月を送ることができたのです。

こうして、1つ1つ、患者さんの幸せが心のごちそうとなり、桜は満開になりました。心のごちそうを受け取った社員さんは、もっと喜ばれる存在になりたいと願い、学習意欲を燃やしています。ビジョンを実現するためには、小児や難病など、まだまだ学ばなければならない知識が多くあるからです。

価値の高い仕事をするようになったことで、同社の収益構造は変わりました。
仕事柄、社員さんは経営数字には無頓着かと思いきや、非常に意識が高いのです。同社の事例を本書で紹介するにあたり、社員さんに行ったインタビューでその理由が分かりました。
同社の方針書には、「お金は、我々の目的の産物である」と書かれています。
患者さんや地域にとって価値の高いサービスを提供した「物質的な証拠」が利益だと捉え、自分たちのあり方をチェックするための指標として経営数字を見ているのです。
売上総利益は、「商品・サービス1個あたりの儲け×販売個数」で決まります。
同社は、看護師と理学療法士と作業療法士がチームを組むことで、誇りが持てる、やり甲斐のある仕事(利益の大きいサービス)を開発し、それを、「地域に当たり前にあるもの」(販売個数が多い)にしようとしています。売上総利益は、自分たちの存在意義であり、経営の目的が成就した証だと捉えているのです。
こうした経営を続けた結果、社員さんの賃金は、月例賃金ベースで5万円も増えたそうです。

2019年につくった未来新聞には、会社の繁栄の先にある、社員さん1人1人の夢が叶った様子が描かれています。そこには、増えた賃金の使い道も書かれています。
理学療法士の櫻場 道さんは、「大船渡、陸前高田の2つの事業所をまとめながら、リハビリテーション部門の質の向上に貢献した。業務に関わるスタッフのやりがいが増え、利用者家族からの感謝が増えた。夢のマイホームを買った。目標に向かう仲間が増えたことが嬉しい。」と書きました。すべて実現しています。
看護師であり理学療法士でもある佐藤美果さんは、「自分の個性が何かわからないまま、時には、理学療法士として、時には、看護師として、地域の方々に喜ばれていると信じながら仕事をした結果、なぜか賃金は増え、今までできなかった家族との時間を持つことができた。」と書きました。これも実現しています。
看護師の地舘広美さんは、「明るいキャラクターを活かして、社内の仲間と信頼関係を築いた。その効果で、他の職種と連携ができた。利用者や家族の問題解決をすることで、利用者数も増え、賃金もアップした。そのお金で、家族と海外旅行をしたり、温泉に出かけたりしている。」と書きました。海外旅行だけはまだ実現していないようですが、それ以外は実現したと、嬉しそうに私に教えてくれました。
未来新聞に書かれた会社のビジョンと、その先にある社員さんの幸せが見事に統合し、実現しています。

「同社の実践のポイント」

インタビューの際、「成熟社会における繁栄の因果」を説明したところ、みなさん、首を大きく縦に振って、頷いていたのが印象に残っています。実践した人にしか分からない実感なのだと思います。
地域から強く必要とされ感謝される、誇り高い仕事をしたことでいただける「心のごちそう」が、より健全な風土を醸成し、高価値なサービスが再生産されるという循環が起きています。その結果として、売上総利益が増え、賃金が増えるという因果関係を見事に体現した、学び深い事例です。

私は、同社の社員さんが受け取った賃金は、まさに、「おひねり」だと思いました。お駄賃が、誰でもできる仕事をした時にもらえるものに対し、おひねりは、自分たちにしかできない仕事をした時にいただける、感謝や驚き、尊敬の気持ちが含まれたお金です。自分たちの存在価値の証として、格別の喜びがあるとともに、人とチームの、さらなるの成長の土壌をつくる栄養なのだと実感しました。働く人も、サービスを受ける患者さんも、その家族も、みんなが幸せを手にする、「幸福創造経営」です。

(拙著、「賃金が上がる!指示ゼロ経営」より抜粋、編集)

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