2011年10月19日、僕が被災地で知った人生で最も大切なこと

東日本大震災から11年が経ちました。
僕は、あの年から人生が動き始めました。
1つはブログです。開設したのは同年4月でした。
それからほぼ毎日、更新しています。

もう1つは夢新聞の活動です。
夢新聞は2010年に結成されましたが、初めて現場で行ったのは大震災の被災地でした。

僕にとって2011年10月19日は一生忘れることのない記念日です。
その日、僕は人生で最も大切なことをある親子に教えてもらいました。

場所は、岩手県大槌町…夢新聞のワークショップに参加した親子に教えてもらったのです。

その「大切なこと」とは…今日の記事で僕の体験と教訓を書きますね。

2011年10月19日の早朝、僕たちは釜石から大槌に抜けるトンネルの中にいました。
トンネルの出口の光が見えた瞬間、とても怖くなりました。
なぜなら、トンネルを抜けた先に、テレビで見た「あの風景」が広がっていると思うと怖くなったのです。
「こんな場所で夢新聞なんかやって大丈夫だろうか?」と。

僕たち、夢新聞協会の事実上のデビューが東日本大震災の被災地でした。
何のコネもない土地でできたのは、盟友、清水慎一さんのお誘いでした。
清水さんは、子どもたちが夢を形どったケーキを作る活動「夢ケーキ」という活動をされています。

僕らの予想に反して現地の子どもたちは元気でした。

「自衛官になった」「教員になった」「漁師になった」
大震災を経験した子どもたちならではの素晴らしい夢ケーキ、夢新聞ばかりでした。

そんな中…
ふさぎ込んでいる男の子がいました。
隣には押し黙りぴくりとも動かない、男の子のお父さんがいました。

「大丈夫かな?」と覗き込んだ瞬間に、その理由が分かりました。
夢ケーキづくりのために、あらかじめご家庭の夢を書いたシートが目に飛び込んできました。

僕は涙をこらえることができずに、その場で泣き崩れました。

同時に、一瞬で気付きました。
「自分がどれだけ幸せな毎日を送っているか」、ということに。

僕にとって当たり前に過ごしている毎日は、彼らには、叶わないことは分かっている、でももし奇跡が起きるならもう一度でいいから体験したい、そんな奇跡のような毎日なのだと。

僕は今でも、時々、この日の夢を見ます。
そのたびに胸が締め付けられるような思いがして心が痛くなるのですが、その痛みを感じるたびに、僕は人生で最も大切なことを確認するのです。