「転ばぬ先の杖」よりも「活きた失敗」を
「転ばぬ先の杖」は自分自身に課すことは良いと思いますが、親が子に、上司が部下に行うと一人前は育たない…
なんてことを考えながら車を運転していたら、小学校の道路沿いに立てられている標語が目に飛び込んできました。

「ころんだ子 立つまで待つ…」
植木があって、その先が読めないのですが、過保護を戒める標語であることは間違いありません。
失敗しないようにお膳立てをするのではなく、失敗から学び成長する支援をするのが親、リーダーの役割だと思うのです。
当ブログで何度も書きましたが、成長とはシステムが変わることです。
これまでAというインプットに対し、Bというアウトプットをしていた人が、Cという新たなアウトプットができるようになることが成長ということ。
例えば、トラブルが起きると揉める組織が、トラブルにより、むしろ結束が高まるようになるということです。
そのためには、従来のシステムがぶっ壊れる必要があり、失敗はその好機なのです。
だから、失敗を奪う「転ばぬ先の杖」はご法度、と考えているのです。
では、失敗を奪わずに支援するとは、具体的に何をすれば良いのでしょうか。実は、人は失敗から立ち直る時に、ある一定の心理的プロセスをたどります。

最初は気持ちが新鮮で盛り上がりますが、すぐに実力に回帰しますので調子が悪くなります。図では②の地点で「根拠なき不安」に襲われますが、この時にシステムにヒビが入ります。
③「根拠ある不安」は、上手くいかない原因が分かるが、どうしたら良いかが分からない段階です。人は、この時に最も学習し、システムの入れ替えを行います。
この段階で学び、やるべきことが分かると、④「根拠ある楽観」のフェーズに入ります。霧が晴れたように視界が開け、ここで勢いよく行動すると、⑤「確信的希望」の段階に入ります。
リーダーが支援すべきは、図の②→③→④のプロセスです。
育成とは、失敗を減らすことではなく、失敗を成長へ変える力を育てること。…それができるとすれば、そこに、人は転んでも自ら立ち上がる力があるという、人間の生命力への信頼があるからではないでしょうか。
ところで、「ころんだ子 立つまで待つ…」の先が気になりませんか?
そこで、件の小学校に電話をして聞いてみました。
さぞかし不審に思ったでしょうが、事情を伝えたら丁寧に教えてくれました。
「ころんだ子 立つまで待つのが 親の愛」
心配は愛でない。
愛するならば、立ち上がることを信頼し待つことなんですね。
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