人は、どう「決めつけられたか」で育つ
「決めつけ」は良くないこととされていますが、こと人材育成に関しては例外です。
人材育成の熟練者は、人間に対し非常に肯定的な決めつけを行っています。例えば、「人はそもそも善良である」とか「そもそも積極的で自律的」といった人間観を持っているんですよね。
どうやら、私たちは「決めつけ」の影響を受けるようです。
決めつけの真髄と言えば、プロテスタントの「予定説」です。私たちは、通常「努力は報われる」と考えますが、予定説では「報われるかどうかは、あらかじめ神によって決められている」と考えます。
神による壮大な「決めつけ」の通りの人生を送るということ。
因果応報の思想を持つ日本人からすれば違和感の塊といった感じではないでしょうか。
「そんな考えでは、人々は堕落する」と考えるはずです。
ところが、予定説は人々を怠惰にするどころか、多くの人を、むしろ勤勉にするのです。
なぜならば、誰だって神に選ばれたと思いたいから、選ばれていることを証明するために努力をするのです。
同じような効果が、心理学の知見である「ピグマリオン効果」でも確認されています。
ピグマリオン効果とは、他者から期待されることで、その期待に沿った成果を出すという心理効果を指します。
1964年、サンフランシスコの小学校で、就任したばかりの担任に秀才児のリストを渡しました。
しかし、実は、そのリストの子どもたちはランダムに選ばれただけ、つまりウソ情報だったのです。
しかし、秀才児だと思い込んだ教師に育てられた子どもたちは、実際に成績が向上したのです。
先日、親戚が集まり「決めつけ」の効果について話をしたところ、叔父から「母は、決めつけの天才だった」という話が出ました。
叔父の母、つまり僕の祖母で、僕に大きな影響を与えた人です。
叔父と祖母のエピソードは痛快です。
叔父が子どもの頃の話です。朝、学校に行く時には晴れていたのに、下校時に雨が降り出した日があったそうです。当時は、専業主婦が多かったので、傘を持って迎えに来てくれる母親が多かったのですが、ウチは商売をやっているので、それができません。
叔父が、「なんで母ちゃんは迎えに来てくれないの?」と抗議をしたら、こう答えたそうです。
「大丈夫、雨ごときで溶けてしまうようなる体に産んでないから」
痛快でしょ。
僕は祖母と暮らし、言霊を身体で吸収したからか、経営者になってから同じような言霊を社員に投げかけるようになりました。
特に、社員に注意を与える時です。
例えば「あなたには、人々のお役に立つという使命があるのだから、だらしない事をしていてはダメだ」というような文脈で注意をすることが多かったのです。
私たちは、教育=矯正と考えがちですが、真髄は、健全な人間観に立ち決めつけることだと思います。
祖母の「雨ごときで溶ける体に産んでいない」という言葉は、深い信頼の表明だったのです。
あなたは、どんな「決めつけ」で人を観ますでしょうか。
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