向上心が裏目に出て、組織の生産性を引き下げる時

近年の研究で、幸福度と生産性には相関関係があることが分かり、今やウェルビーイング祭りといった盛り上がりを見せています。

これだけ豊かになったのだから、もう十分では?と思いきや、実はいつの時代も、物質的な豊を手にすると「何のために生きているのか?」と悩む人が増えるようです。
まあ、そのことを考えるゆとりがあること自体が幸せなことだと思うのですがね。

さて、では日本人はどの程度、幸福を感じているのでしょうか。
国連の2026年版「世界幸福度ランキング」によると、日本人の幸福度は147カ国中61位、先進国では最下位という残念な結果でした。

何が原因なのでしょうか。
調査によると、日本人は、「一人当たりGDP」「社会保証」「健康寿命」といった客観的な項目に関しては上位国とさほど差がありませんでしたが、「他者への寛容さ」や「選択の自由度」などの主観的な項目の数値が目立って低いことが分かりました。

このような結果に対し「足るを知るべし」といった精神論をぶちまける人がいますが、事はそんなに単純ではありません。

文化は国民の気質により醸し出されますが、日本人は、簡単に満足しないという性質を持っていることが以前から指摘されています。
上達しても成長しても「まだまだ」と考える真面目さがあり、だからこそ発展したわけですが、どこまで成長しても「まだまだ」となれば苦しいですよね。
特に、社会が成熟し成長率が鈍化すると苦しくなる。

実際に、僕は社員の立場の方から「どれだけ頑張っても”まだ足りない”と言われる」という愚痴を聞くことがよくあります。
いつも追われているんですよね。

しかし、それは本人の問題ではなく、上司の向上心が不寛容という形で裏目に出た結果だと捉えています。

では、どうすれば良いのでしょうか。
やっぱり「足るを知る」が必要なのか?笑

実は、寛容さに関しては思考プロセスで改善することができます。
そのヒントは私たちの足元にあります。
日本人は、昔から「罪を憎んで人を憎まず」といった考え方をしてきました。
この考え方を「中動態」と言います。
私たちは、人の行動を「能動」と「受動」で区別しますが、そのどちらでもない様態、例えば「魔が差す」といった態があります。
「恋に落ちる」もそうですね。自分から落ちたのか?落とされたのか?…どちらとも言えず、状況や文脈で「そうなった」としか言えない様態があるのです。

日本のことわざに「盗人にも三分の理」がありますが、まさに中動態的な発想ですね。
世界を見ても、名著であるデール・カーネギーの『人を動かす』では、「人を動かす三原則」のトップに「盗人にも五分の理を認める」が掲げられています。
日本よりも二分多いところが、幸福度調査の結果に表れているのでしょうか?

寛容さを持つと、「ダメじゃないか」「まだまだ」と言うのを止め、待つことができれば、国連の調査で足りなかったもう1つの項目「選択の自由」を拡げることに繋がるのではないでしょうか。

寛容さを持つと、未完成であることを許容することができます。
未完成ということは、そこに伸びしろがあるということです。
中動態が身につくと「まだまだ」の後に続く言葉を「足りない」から「伸びる」に変えることができると思うのです。

以前のように、行動量を増やせば成長した時代では煽りも功を奏したと思いますが、感性価値が求められる時代では、すべてがマイナスに作用すると思います。

正義を振りかざすまえに、相手の事情を察しましょう。あなたも、きっと、これまで誰かにそうやって許されきたはずですから。
 
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