許しの経営学
人間は、自分が「他人にしたこと」はいつまでも覚えているが、「他人からしてもらったこと」は、すぐに忘れてしまうものです。
僕が言うまでもないことですが、してもらったことを、いつまでも忘れないことが幸福に生きる要諦だと思います。
同時に、企業繁栄の理でもあると考えています。
僕は、ホワイト企業大賞の審査員を務めており、これまで多くの企業を観てきましたが、そこで頻繁に聞かれる言葉があります。
「今の自分があるのは、あの時の◯◯さんのお陰です」
優れた組織ほど、頻繁にこの言葉を聞くので、気になり「では、その◯◯さんにも話を聞きたい」とお願いをしたことがあります。
すると、その◯◯さんも「私にもそういう人がいる」と同じことを言うのです。
この不思議な現象はまさに「贈与」だと思いました。
自分が先輩や上司からしてもらった事を、後輩や部下に送っていくということです。
贈与に対し「交換」の論理で人を育てている組織では、リーダーは部下に、育てた見返りを求めます。
「気にかけてやったのだから恩返しをしろ」「給料を払っているのだから育って当然」と。
勿論、ビジネスですから取引の一面はありますが、それだけだと自律的、持続的な繁栄は難しいのです。なぜならば、取引は、交換すると取引が完了する…「私とあなた」の閉じた関係で完結してしまうからです。
当事者以外に拡がらないのです。
対し、贈与は、第三者へと連綿と続いていく可能性を秘めています。
交換と贈与、どちらがサステナブルかは言うに及ばずですよね。
では、贈与はどのように始まるのでしょうか。
その第一歩は、自分が受けた恩…プレヒストリーを認識することから始まります。その恩に感謝し、自分も誰かに施せる人になろうと決意した時に物語が紡がれていくのです。
組織に恩送りの文化ができると、特別な人材育成制度をつくらなくても、現場で自律的な育成が行われるようになります。
さて、ここまで「してもらったことを次の誰かへ送る」という話をしてきました。
実は、私たちが受け取った施しの中で、最も大きなものは別にあります。
それは「許し」です。
幸福には豊かな人間関係が欠かせませんが、それを阻害する最たる要因が「許せない」という感情です。
自分も相手も心が荒みますし「許せない」と言われれば、「こっちも許せない」と攻撃の応酬が続きます。
僕は、相手を許せないと思った時に、自分に言い聞かせている言葉があります。
「許そう。自分も許されてきたのだから」
これまでの人生の中で、自分が気づいていないだけで、膨大な許しを受けてきたはずです。
それを知れば、少しでも相手を許す気になれると思うのです。
人は一人で生きてきたように思えても、振り返れば、無数の手に支えられてここまで来ています。
声をかけてもらったこと、待ってもらったこと、信じてもらったこと…
そして何より、許してもらったこと。
その一つひとつが、今の自分を形づくっているはずです。
誰かから受け取った灯りを、次の誰かへ手渡していく。
特に許しを送ることができた時に、自分の人生だけではなく、組織や社会の風景も変わる思うのです。
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