リーダーが陥る「部下の良い部分を見る」の罠

相手の短所ではなく、優れた点に注目する態度を「美点凝視」と言い、特にリーダーに必要な資質と言われてます。
確かに、短所よりも長所を見てくれる上司の方がヤル気が出ますね。

しかし、とても美しい話ですが、僕にはそんな難しいことはできません。
それは、相手の良い部分を探すのが難しいということではありません。
「美点を見ると、同時に汚点が見えるようになる」という、人間に備わった機能が人間関係をややこしくするからです。

人は、物事を相対的に評価します。
正義を持つと、同時に悪が出現してしまいます。だから正義を持っている人ほど、実は、心の内に怒りが渦巻いていることが多いのです。
それを浄化しようと善を意識すると、余計に悪が際立ってしまう。
難しいですよね。

僕が美点凝視などの評価をやめたキッカケは、美点を見ると、その人の汚点が見えてしまうだけでなく、他の人の汚点も見えてしまうからです。
「Aさんは素晴らしい。それにくらべBさんは…」と比べた経験は誰にもあると思いますが、自分にとっても相手にとっても、あまり気持ちの良いものではありません。

人は他人と比較されると、脅威反応でコルチゾール濃度が上昇し、脳の情報処理能力が著しく低下することが研究で分かっています。
人材育成の妨げになりますのでご法度ですが、良し悪しの概念を持っている以上、しかたがないことなのです。

評価をやめたもう1つの理由は、事象には二面性があるからです。
「大胆―大雑把」「慎重―臆病「素直―単純」「自信―傲慢」「自由―わがまま」「意思が固い―頑固」「柔軟―優柔不断」など、挙げればキリがありませんね。
正義を持つと、二面性の悪い部分も見え始め、それが鼻につくようになります。
すると、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の如く、その人の二面性の悪い部分にばかり目が行くようになります。
例えば、上司が嫌いになると、丁寧な対応も「細かなことに口出しする」と、任せるという行為も「無茶振り」と評価するようになるのです。

この話をすると「だからこそ良い部分を見るべき」と言われることがありますが、そう言う人は、すでに正義の誤謬の蟻地獄にはまっているかもしれません。

リーダーには、事象を良し悪しで評価するのではなく「単なる特徴」として、ありのままを捉える視点が求められるのではないでしょうか。
慣れるまでは難しいと思いますが、それが最も人と組織を成長させる有効な方法ですので、是非とも身につけたいものだと思います。
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