成長は「副産物」に過ぎないという話
以前に、ある経営者に「経営を車の運転に例えると、良い経営が観えてくる」という話を聞きました。
車を運転する時は、前方を見ながらもミラーや計器など、様々な情報を見ますよね。
それを経営に置き換えると…
メーター類:KPIや決算数字
バックミラー:過去の出来事
サイドミラー:ライバルの動向
ナビゲーション:行き先とルート
カーナビばかり見て運転するのは、自分で考えずに教科書に頼る経営。
バックミラーばかり見るのは…過去の成功体験に縛られる経営。
数字ばかり見て経営している企業もあります。
サイドミラーばかり見ているのは、ライバルに意識が奪われている状態。
そんな企業は、顧客にも働く人にも支持されず、市場から追放されることになりかねません。
件の経営者は「良い経営とは、自社が定める目的地に向かい、しっかりとハンドルを握り、独自の強みを活かし丁寧に走ること」と言います。
ところが、目先の数値、過去、ライバルの動向といったものに翻弄され、乱暴な運転をしている企業が多いのが現実です。
「翻弄される」ということは自分のペースで経営できていないということですが、その根本原因は、無限の成長を信奉する資本主義の呪縛にあります。
資本主義は、資本の増殖を求め続けます。
そのためには、消費拡大が常に必要で、企業は生活者の欲望を刺激し続けることになります。
「良き消費者であること」が市民の理想とされる風潮が強まり「消費は美徳」という言葉が生まれました。
その恩恵で豊かな暮らしが送ることができているわけですが、一方で働く人や環境に大きな負荷がかかるという弊害が起きています。
生活者が一通りのモノを手にし、安定した生活を送るようになると経済成長率は鈍化します。
それは成熟を意味し、本来であれば祝福すべきことなのですが、資本主義的には不都合なことなのです。
固有名詞を出すことは憚られますが、ある企業では、社内に次のようなスローガンを掲げているそうです。
「流行遅れだと思わせろ。他人より劣っていると思わせろ」
それに乗ってしまった消費者は、自分の「行き先」を見失い、サイドミラーばかり見て人生のハンドルを握るようになります。
指示ゼロ経営の研究において、僕が多大な影響を受けた方に、西川純 教授(上越教育大学)がいます。
西川先生は、資本主義の罠に陥らないために、次のような警鐘を鳴らします。
ベンツをステータスの象徴で乗っている人に対し、羨望の眼差しを向けるほどバカバカしいことはない。だって、彼らは、多くの人が欲しくても買えないものを持っているという優越感、自己顕示欲を満たすためにベンツを所有しているのだから、羨望の眼差しを向ければ向けるほど、そいつが喜ぶだけだから。
今、資本主義の罠に気づいた人が増えていてます。
「食べ物を捨てない飲食店の実現」「飲食業界の常識を覆す新しい働き方の実現」を目指し、ランチのみ100食限定で提供する「佰食屋」が注目されたのは、私たちが薄々気づいていることを具現化してくれたからだと思います。
豊かさの定義を、成長一辺倒から、別のものに再設定する段階にきているのではないでしょうか。
それは、件の社長が教えてくれたように、誰かと比べて速く走ることではなく、自分たちらしい目的地に向かって「いい運転」をすること。
そんな企業に顧客と働く人が集い、結果的に緩やかな成長という副産物を得るのだと考えるのです。
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