お客様を「弟子」と呼ぶ商い

「お客様は神様です」とは、三波春夫さんの言葉ですが、これを「お客様は神様のように偉い」と誤解する人が多く、三波さんオフィシャルサイトでは、真意についての丁寧な説明がなされています。

「歌う時には、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って挑む」

ということだそうです。

自分を神様だと勘違いしている人が多いのか、カスハラ(カスタマーハラスメント)は後を絶ちませんね。

企業と顧客の理想的な関係はどのようなものでしょうか?
近年では、顧客と企業側は対等であるという考え方が浸透してきましたが、一方でまったく別の解釈をする人がいます。

僕のメンターである、小阪裕司先生は「マスタービジネス」という概念を提唱しています。
マスターとは、達人、師匠、親方のことです。
売り手、つくり手の役割は「顧客が知らない世界を教える」ということを意味します。

語弊を恐れずに言うならば「お客様は弟子」ということになります。

ウチの近所の魚屋の店主はマスターです。
買い物に行くと、「おう、良いところに来た。この季節に長崎で捕れた鯵は脂の乗りが違うぞ。買わないと後悔するから買っとけ」と迫ってきます 笑。
良い魚がない日に行くと、「ダメダメ。今日は売る魚はない」と追い返されます 笑。

文字だけでイメージすると傲慢な人に思えるかもしれませんが、会えば、本当に美味しいお魚を食べてほしいという情熱に溢れた方だということが分かります。
我が家は、師匠のおかげで質の高いお魚ライフを送ることができているのです。

この店主は、魚に関しては、決して顧客の意見を聞きません。聞いても無駄だからです。もし、素人の僕に聞いて店づくりをしたなら、つまらない店に成り下がることでしょう。

彼は、顧客におもねることなく、自身のマスタービジネスを貫き通しており、それを裏打ちする目利きと技術を磨く努力を怠りません。

自分を神だと勘違いした馬鹿な客が来店しないことを祈るばかりです。まあ、来たら弟子たちが全力で守るでしょうけどね。

良い顧客も馬鹿な顧客も、企業が育てます。
顧客に媚びへつらえば、自分を神だと勘違いした顧客を育てることになりますし、誇りある商いをすれば、良い「弟子」に囲まれた商いができます。

両者の違いはどこにあるのでしょうか?
それは「資本の使い方」という視点で整理することができます。

ビジネスは、時間という万人に平等に与えられた資本を使い、企業価値という組織的資本を作り出し、世間の評価という社会資本を得る営みです。
要するに、時間を使って人様に役立ち喜ばれる価値を作り、評判を集め、商いをするということです。
これが、マスタービジネスへの王道だと思います。

これは順番が大切で、時間資本→価値資本→社会資本という順番しかありません。
顧客におもねる商いは、大切な時間資本をタチの悪い顧客に奪われ、価値資本の形成ができません。価値が低いから顧客におもねるしかなくなるという悪循環に陥ります。
この悪循環の中で、傍若無人な顧客が育っていくのです。

時間資本は、自分にとっても顧客にとっても有意義に使うべきで、そのためには時間泥棒とは付き合わないことが大切だと思うのです。

以上がマスタービジネスですが、他にも、顧客との関係は「親友」「夫婦」「親子」などと、様々なタイプがあります。
それは、また次の機会に譲るとして、今日は「お客様は弟子」という関係性を紹介したくて記事を書いたのです。
 
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