使い捨てより使い込む喜びを。GDPには映らない豊かさの話
この30年間で、製品の生産から廃棄までのライフサイクルが著しく短くなっているそうです。
生活者が使い捨てに近い消費をしているということですが、はたして現代人に、それを豊かだと思う人はいるのでしょうか?
僕は、10年ほど前に「消費は美徳」という考え方を改めました。できる限り長く使うことを心がけています。そのために、長期使用に耐えられる高品質なもの、修理ができるものを買うようにしています。
初期投資はかかりますが、結果的に安い買い物になると思うのです。
何よりも、心が豊かになります。
数年前に、靴磨き職人に出会いました。20代後半の感性豊かな職人です。
店内のデザインも、店主の佇まいも、奥様も、生まれたばかりの赤ちゃんも、飼っているワンちゃんも、まるで映画のワンシーンを彷彿とさせる、趣のあるお店です。

彼に、コロナ禍で履けなかったお気に入りの靴たちを磨いてもらいました。
靴たちが凛と蘇った姿を見て、さらに愛着が湧いてきました。
靴を磨くというサービスには、体面上の価値以上の、精神的な豊かさがあることを知ったのです。
僕が大切にしている靴たちとは、本当にたくさんの思い出があります。
ビジネスの賞を受賞して、ブルーノート東京のステージに立ったこと。
お客様に、どしゃまく怒られた時に、僕を文字通り、足元から支えてくれた。
家族で旅行に行って、いつもよりも高級なレストランに行った時も一緒だった。
僕と一緒に歳を重ねていくと、自分の分身になる…そんな感覚を覚えるのです。
昨年のクリスマスに、娘が小さなクリスマスツリーを作りました。
素材の多くは、庭から採ってきた木の枝や木の実です。
ツリーを前にすると家族の会話が弾みます。テレビを付けたり、アマゾンプライムなどのコンテンツを消費したり、ゲームをしたりせずに語り続けます。
その時間は、人生の中でも最上のひとときで、とても豊かな暮らしをしていると思ったのです。
しかし、その暮らしは、あまりGDPに貢献しません。
GDPとは、一定期間中に国内で産み出された、製品やサービスの付加価値の総額を指します。
簡単に言えば、国内で産み出された粗利益の総額です。
GDPは「国の豊かさを測る指標」として、およそ80年前から活用されています。
ものを大切にする豊かな暮らしを送る人が増えるよりも、使い捨てをする暴力的な消費をする人の方がGDPに貢献します。あるいは戦争をするとGDPは大きく上がります。
おかしくないでしょうか。
GDPは「国の豊かさを測る指標」ではなかったでしょうか。
私たちは、もう、違うモノサシも持つ必要があると思います。
GDPが「国内で産み出された粗利益の総額」であるなら、その1つ1つを作っている企業も、モノサシを変える時に来ているのではないかと思うのです。
「GDPでは豊かさは測れない。詩の美しさや家族の絆、思いやりといった、私たちの人生を価値あるものにする要素は何も計測できていない」
かつて、経済成長真っ只中にあったアメリカにおいて、ロバート・ケネディが口にした言葉を真剣に考える時期に差し掛かっているのではないでしょうか。
ーロバート・ケネディー
最近、リユース市場が静かに賑わいを見せているそうです。
「何を買ったか」ではなく、「何を大切にしているか」…豊かさの本質に気づく人が増えているのだと思います。
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