「取り戻す」ではなく「新しい物語」を描く。
選挙は活動を眺めていて、改めて、今の日本には「物語」が欠如していると感じています。
戦後の日本人は、みんな「復興」という物語を生きていました。「アメリカに追いつけ追い越せ」という分かりやすいスローガンのもと、国民が一致団結しました。
僕はリアルタイムではないのですが、昭和4年生まれの父は、生前「1人1人が復興物語のキャストだったと」と言っていました。
翻って、現代人はどうでしょうか。
何らかの物語を生きている実感を持っている人は少ないと思います。
物語がないと、人も組織も国も活力を失います。
物語は「今はダメだけど、未来はこうなる」という高低差で成り立ちます。
物語がないと、今ある問題にばかり目が行き、不安や不満、失望を抱くことになります。そして、その不満を聞いたリーダーは、不満の解消を施策の軸にします。
選挙演説を聞くと、みんな、今ある問題の解消を主唱していますよね。だから「取り戻す」というフレーズが頻繁に使われるのだと思います。
物語には必ず終わりがあります。
終わったら「シーズン2」に移行しなかればなりませんが、それができていない…そんな状態が今なのだと思います。
当時抱いた「アメリカの物質的な豊かさに追いつく」という物語は、戦後40年後には達成しています。
生産効率を高め、世界で最も良い物を安く供給できるようになり「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛されました。
そして、昭和が終わる頃、物質的な豊かさのピークに達し、シーズン1が終焉したのです。
今必要なのは、「取り戻す」のではなく、シーズン2を描くことではないでしょうか。
これは、国家に限ったことではなく、企業も同じだと考えています。
成長真っ只中であれば例外ですが、多くの企業がシーズンの乗り換えに迫られていると思います。
では、シーズン2とはどんな物語なのでしょうか。
「これだ」という正解があるはずはありませんが、僕は、人間の成長にヒントがあると考えています。
それは「肉体的な成長から精神的な成長」です。
20歳を過ぎれば、肉体的な成長のピークを過ぎ「シーズン1」が終わります。そして、シーズン2=精神的な成長に物語を乗り換えます。
移行には諦めが必要です。
諦めるの語源は「明らかにする」ということだそうです。シーズン1の延長線を引きずって物語を延命するのではなく、諦めることを通じ、シーズン2創造の決意を明らかにする。
そのためにはシーズン1の終焉を「これにて一件落着」と祝福をもって終わらせることが欠かせないと考えます。
僕は新聞店の経営で、「新聞を仕入れて売ることで成長する」という物語を諦めましたが、諦めた瞬間に、呪縛みたいなものから解放され、ビジネスを自由に発想できるようになりました。
目下、自社はどのシーズンの何話目に来ているか?…そんなイメージを持ってみてはいかがでしょうか。
そこで終焉の予感がするならば、すでに次章への予告編が始まっているのかもしれません。
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