人は、組織のために生きなくてもいい。

人は、何かしらの組織に所属していないと不安になるものですが、かといって所属先がアイデンティティになってしまうと、組織から離脱した時に我を見失うことになります。
大企業の管理職で、退職後に「元◯◯商事部長」なんていう名刺をつくる人がいるという話を聞いたことがりますが、帰属意識の闇を見た感じがして恐ろしくなりました。

アイデンティティは、心の拠り所であると同時に、人心を縛り付ける呪いにもなるので、扱いには注意が必要だと思います。

呪いに拍車をかけるのが、私たちが伝統的に尊んできた「滅私奉公」の倫理観です。
個人の利益を捨て、組織のために身を捧げることを良しとする集団主義社会(村社会)の倫理です。
しかし、村社会は、時に信じられない悲劇を生むことがあります。

1999年の事件ですが、ブリヂストンの子会社に勤務する58歳の男性社員が、早期退職を勧められたことに激昂し、ブリヂストン本社の社長室に押し入り、割腹自殺を図りました。

男性社員の抗議文には、次のように記されていました。

入社以来三十有余年、ブリヂストンと運命共同体として寝食を忘れ、家庭を顧みる暇もなく働き、会社を支えてきた従業員の結晶が今日のブリヂストンを築き上げたのである。

27年前の事件ですが、現代人には理解しがたいと思います。

では、現代に合った所属観とはどのようなものでしょうか。
僕は、常々、これからは「活私奉公」の時代だと主張してきました。
各人に備わった才能や個性を活かし、全体に貢献すること。そして、全体が栄えることで各人の夢が実現するというあり方です。

それは具体的にはどんな状態なのでしょうか。
そのイメージをとても分かりやすく説明している、Xの投稿を友人が紹介してくれました。
その投稿は、漫画「スラムダンク」を元に、活私奉公の組織論を説いていました。
たかが漫画と思うことなかれ。漫画や映画は、その時代の感性が色濃く繁栄されますので、とても参考になるのです。

投稿の趣旨を要約しますね。

スラムダンクの湘北高校のチームは、全員が自分のためにバスケをしていた。桜木は晴子さんに認められたかった。三井は自分が捨てた3年間をやり直したかった。流川は自分が日本一の選手になりたかった。つまり湘北は、目標を共有して強くなったチームではなく、メンバーそれぞれの動機が、チームの勝利で叶うという構図になっていた。

この考え方は、指示ゼロ経営では「望みの統合」という概念で整理していますが、まさに活私奉公の世界観です。

各人が持つ能力…赤木は守備の柱、宮城は司令塔、三井は勝負所の得点源、流川はエース、桜木はリバウンドといったピースを持ち寄り全体最適を成します。

「スラムダンク」が多くの人の心を掴んだのは、僕たちが無意識のうちに感じ取っていた新しい幸福観と所属観を体現したからなのかもしれません。

一人ひとりが自分らしく輝くことで、誰かの役に立つ。個々の力が組み合わさることで組織として大きなことを成し遂げる。
「自分のため」と「みんなのため」を対立させない「活私奉公」こそが、成熟社会に求められる所属観だと考えます。

そして、それを体得すれば、組織から離脱した後も自分を活かす道は無限に拓けると思うのです。
 

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