豊かさって何?「新ラクジュアリー」の潮流を考える。
新しいものは本当に良いものか?
今日のブログは、そんな問いから始め、ビジネスの未来を考えたいと思います。
まずは、僕の体験を紹介しますので、じっくりと考えてください。
我が家の床の塗装が剥げてきて、塗替えをしようと業者に相談をしました。結構な面積なので、それなりの費用を覚悟していたのですが、業者は「塗り替えない方がいいと思うんですよね」と信じられない提案をしてきたのです。
利益を手放してまで、なぜ、そんな提案をしたのでしょうか?
私たちは、豊かさへの渇望を推進力に社会を成長させてきました。
時代を紐解くと、人類は有史以前から、つい数十年前まで、衣食住を中心とする物質的な欠乏と戦ってきました。
寒さを凌ぐ。しっかりと栄養を摂る。家事を楽にする。速く遠くへ移動する。…こうした分かりやすい欲求があり、それに応えることで企業は成長し、社会全体も経済的成長を遂げてきたわけです。
この時代が、いつから始まり、いつまで続いたのでしょうか?
始まりは、有史以前で正確な起点を明らかにすることは難しいのですが、終点は1960年代後半だと言われています。
根拠は、GDPの成長率です。
トマ・ピケティの研究によると、GDPの成長率は、1960年代後半をピークに下がり続けていることが分かります。

GDPの「額」はいまだに伸びていますが「率」は鈍化トレンドに入っているのです。その原因は、需要の飽和ですが、興味深いことは、この時期にマーケティングが開発されたことです。
僕もアメリカから輸入されたマーケティングを熱心に学んだ時期がありますが、あれって「◯◯なことでお困りではありませんか?」と、人為的に問題をつくり出し、それに応える提案をする「マッチポンプ」のような手法なんですよね。
ひと通りのモノを手にした生活者に対し、やがて、自身の財力や社会的ステータスを他者に誇示す衒示的消費を提案して、なんとか利益をひねり出したのが、1985年以降です。
そして、バブル経済に突入。1989年をピークに「泡」は弾け消えます。
1989年は、「水道哲学」で松下電器を世界的企業に成長させた松下幸之助氏がお亡くなりになっています。
まさに、モノの充足の立役者が、物質経済のピークの年に旅立ったことに不思議な因果を感じるざるを得ないのです。
2000年代に入ると、衒示的消費に嫌気が差した若者を中心に、「しまむら」の服を自分の手で加工するといった、自分軸の豊かさを表現する人が現れ始めました。
そして、今、「新ラクジュアリー」という概念が、世界中で勃興しています。
例えば、イタリアのカシミアブランド「ブルネロ・クチネリ」です。
ユーザーには富裕層が多いのですが、かつての衒示的消費とは一線を画すように、服にロゴが入っていないんですね。
素材の良さと洗練されたスタイルを、静か、かつ上品に表現しているのです。
ユーザーは、同社の「人間主義的経営」という哲学に共感し、服を纏うことで、その哲学をも纏っています。
さて、冒頭の塗装業者です。
僕が、塗替えを検討していると伝えると、次のように言いました。
「塗り替えない方がいいと思うんですよね。だって、擦れて塗装が薄くなった部分を見ると、家族の営みが観えるでしょ?冷蔵庫や流し台の前の擦れを見ると、お母さんの愛を感じませんか?僕ね、そういうのが豊かさだと思うんです」

豊かさって何でしょうか?
私たちは、これまで経験したことのない、大きな時代の曲がり角にいるのかもしれません。
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