社員を機械にする「分業」という落とし穴
生産性を高めるために導入された分業体制は、100年以上にわたり世界中の企業の成長を支えてきました。
しかし、その一方で、働く人から「自分の仕事」という実感を奪ってしまった側面もあります。仕事の一部だけを担当するようになると、責任も喜びも薄くなってしまうからです。
それにより生じる弊害があり、それに気づいた企業では、分業体制を見直す動きが活性化しています。
その弊害とは、創造性が破壊され、成熟社会に合った付加価値がつくれないということです。
分業体制は、まだ社会にモノが不足している時代に、企業が市場に向けて大量生産をするために考案されました。
そのお陰で、私たちは豊かな生活を送ることができるわけですが、同時に様々な弊害ももたらしました。
心理学や組織論では、分業の倫理的判断の低下を指摘しています。その極端な事例として、ナチス・ドイツのホロコーストがしばしば取り上げられます。
ホロコーストでは、業務の遂行は「検挙」「リスト作成」「運搬」「執行」と細かく役割を分業化しました。
分業化されると、「私はリストを作っただけ」「運搬しただけ」と1人1人の罪の意識は薄まります。このように、責任意識が欠如した個人の連結によって、あの恐ろしい虐殺が起きたという側面があるのです。
また、分業体制では、生産物を「自分が作った」と感じることができませんし、自分が顧客のお役に立っているという実感も薄いため、仕事を自分事と捉えづらくなります。
働く喜びは創造性の源です。
分業は量の時代のマネジメントであり、質の時代には違う方法が必要だと考えるのです。
では、仕事から喜びを得るためには、どうすればよいのでしょうか。
僕は、このことを、新聞店の社長時代に身を持って体験しました。
当社では、新聞配達の作業を分業化せず「ひとしごと」やってもらっていました。
新聞配達の作業は次の3つの工程で成り立ちます。
①新聞にチラシを入れる。
②数種類ある新聞の銘柄を配達順に組み合わせる。
③配達する。
通常は、これらが分業化されていますが、当社は一人の配達員が丸ごと担当します。
指示ゼロ経営では、「ひとしごと」を担当する人を「仕事の主」と呼んでいますが、仕事の主は本当にいい仕事をするんですよね。
一方で「ひとしごと」の効果は分かるが、現在行っている分業を完全にやめることは難しいという企業も多いと思います。
その場合は、チーム全体の計画に参画するという方法が有効です。
例えば、クレーム削減プロジェクトといった、全体で取り組む課題を立ち上げ、そこに参画してもらうのです。
当社では数カ月に一度、全社員が集まり業務改善や顧客満足度向上の「たくらみ」を行ってきました。

最終的には、全体の中の一工程を担うとしても、計画立案に参画すると自分事になります。
そういう意味では、QC活動は「仕事の主」を育てる最高の制度だと思うのですが、製造業に詳しい方に聞くと、残念ながら最近では取り組む企業が減少傾向にあるようです。
量から質の時代へ。
これからの経営は「仕事を細かく分ける」より、「仕事の主を育てる」というトレンドが進むと思います。
僕はとても良い時代だと思っています。
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