指示ゼロ経営でも部下に注意を与える、でも、そのやり方が重要

先月は、全国で出版記念講演を行いました。
中には、まったく初めて聞いたという方もいて、僕も気づきがありました。

質疑応答の中で、気になる誤解があったので、今日の記事でフォローしようと思います。
その誤解とは「指示ゼロ経営では注意を与えてはいけないのか?」というものです。

そんなことはありません。
注意は与えて下さい。
しかし、部下が自分で考えるような注意の与え方が大切だと考えます。

リーダーは注意という名の「課題設定」を行う

こうした誤解の原因は「指示ゼロ経営」というネーミングをした人の責任です。
すみません…

指示ゼロ経営とは指示命令をしない経営ではありません。
結果的に「指示命令の必要がなくなる」経営を言います。

社員さんが自分(たち)で判断し、意思決定をし、行動し、チェックする…この一連を自らが行う状態になれば、指示命令の必要性はなくなります。

×(リーダーが)指示命令をしない
◯(社員さんが)自ら考え行動する

主体を社員に置いて考えることが大切です。

指示ゼロ経営になると指示命令の必要性がなくなるどころか、意味を成さなくなります。
なぜかというと、自分(たち)で判断し行動する人に指示を出しても、反論をされるか、スルーされるからです。

さて、話を「注意を与える」に戻したいと思います。

社員さんが自ら考えるためには、当然ですが「課題」が必要です。
課題がないところに思考はありません。

ところが、まだ十分に育っていない部下は、課題の発見ができないのです。
だから、他者が課題を与えることが必要になるわけですが、それが「注意を与える」ということです。
僕は「ケチをつける」と表現していますが…(笑)

ここで重要なことは、与えるのは「課題」であって「答え」ではないということです。

課題を自分なりに考えるから行動が変わる

例えば、朝、きちんと挨拶をしない部下がいたとします。
その部下に対し、僕ならサラッと「ダメじゃないか」と言います。
なぜ、ダメか、どういう挨拶をすれば良いかは教えません。
教えても、自分で必要だと感じて考えないと、真の改善はないからです。

例えば、部下にご飯をご馳走した翌朝に「昨日はご馳走になりました」と言わない部下がいたら、サラッと「お礼を言わないとダメじゃないか」と言います。

課題を置く。
その部下からすると、「注意を受けた」という課題が置かれたわけです。

注意を受けた社員はムッとするかもしれませんが、そんな事はお構いなしです。

同時に、注意してすぐに改善することも期待しません。

僕の経験ですが、親や先生に注意されて素直に直したことはありません。
失敗したり恥をかいた時に、直そうと思いました。

リーダーは、ちゃんと挨拶ができる人に、負けないくらいの挨拶を返せば良い。
「ご馳走になりました」と言った人に、嬉しそうに「また飲みに行こうな」と言えば良い、そう思っています。

別に、できない部下への当てつけではなくね。

それができない部下は、注意を受けたことで、ちゃんとできている仲間の姿に目が行くはずです。
そして考える。
行動が変わる。

行動が変わっても褒める必要もないと思っています。
ただ、気持ちよく挨拶を返したり、「また飲みに行こうな」と言えばいいと思うのです。

人は自らの意思でのみ動く、そのためには課題が必要で、課題に気付いていない部下には注意という形で置くのが愛だと思います。

それでは今日も素敵な1日をお過ごし下さい!

 


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米澤 晋也

米澤 晋也

1971年長野県生まれ。株式会社Tao and Knowledge代表 株式会社たくらみ屋代表 一般社団法人夢新聞協会理事長。
指示・命令をしなくても自分たちで課題を発見し行動できる組織「指示ゼロ経営」を提唱する。
1人1人が自由に行動し、創造性を発揮しながらも調和する、Jazzのジャムセッションのような組織です。
特に2代目、3代目経営者が自分の組織を創るための実務を得意としています。

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