そもそもなぜ指示ゼロ経営が必要なのか?なぜ僕が指示ゼロ経営をやっているのか?

僕が指示ゼロ経営を始めたのは今から16年前です。
ブログでの発信を始めて7年が経ちましたが、お陰様で多くの講演依頼を受けるようになったし、セミナーに来てくださる人も増えました。
関心が高まっていることを実感しています。

でも、そもそも、なぜ指示ゼロ経営が必要なのか?
すべての会社に必要なのか?
なぜ、僕が指示ゼロ経営を世に広げようと思っているのか?

改めてそんなことを考えてみました。

指示ゼロ経営とは?

指示ゼロ経営とは、自律型組織のことです。
「いちいち指示命令をしなくても、自分たちで課題を見つけ、共創・協働しながら課題を解決できる集団」です。
最近、ホラクラシー経営やTeal組織が話題になっていますが、それらとほぼ同じです。
指示ゼロ経営というネーミングは僕がつけました。

具体的な場面描写の方が分かりやすかもしれません。

指示ゼロ経営が機能すると、例えば会社はこんな風になります。
朝、社長が会社に来ると社員から報告を受けます。

こんなことも起こります。

指示ゼロ経営がまわりはじめると、自社のビジョン・目標に向かい、指示命令を受けなくても、社員さんたちがその実現に向け自分たちで考え判断し行動するようになります。
リーダーに言われなくても自分たちが自発的に課題を見つけ、自分たちで知恵を出し合い、実行し、検証・改善を行い、課題解決に責任を持つようになります。

社長が会社に来るたびに「何かが変わっている」…僕の実感では「会社が勝手に良くなる」という感覚…トップダウンでもボトムアップでもない「全員経営」というイメージです。
休日も出勤時間も給与も社員が決めています。

弊社の母体は新聞販売店です。
新聞購読者は20年連続で減少していますので、ただ単に新聞を仕入れて売るという業態が限界に来ています。

弊社はその課題をほぼクリアしています。
超地域密着の強み、新聞店の経営資源を活かし「地域づくり」の分野に進出しました。
「日本一魅力的な街を、地域の人と共に創る」をテーマに、行政、住民の皆さんと一緒に自立した地域づくりを仕事にしています。

ずっと落ち続けた業績も5年前に回復に向きました。

よくある経営者の悩みに「私がこんなに頑張っているのに、何で社員は他人事なんだ」というものがありますが、そうした悩みは皆無になると思います。
会議で下を向いて黙っている、馴れ合う、影で会社や社長の悪口を言う…そんな状態も解消されます。

そもそもなぜ、今の時代に指示ゼロ経営が必要なのか?

変化が激しい上に生活者の欲求が高度になり、何が正解か分からない時代になったからだと考えます。
その都度、社長が正解を示し、適切な指示を出し続けることはできません。
というか社長も何が正解か分からないですよね?

一例を上げると「おもてなし」です。
マニュアルを超えた「おもてなし」はその場にいる社員さんが、その時の最適な判断で行う知恵と素早さと柔軟性が求められます。
とても指示命令でなし得ることではありません。
これは接客だけでなく、すべての現場に当てはまると考えています。

そんな時代における社長の役割は「課題解決能力を持った集団の育成」です。
課題解決案を出すことではないと考えます。

僕は、18年前に新規事業で大失敗をした時にこのことを学びました。
新聞の売上が落ち続けている事を受け、新規事業として「信州の特産品の通販」を始めました。新聞店が食品事業に乗り出す…読んだ瞬間に嫌な予感がするでしょ?(笑)

僕が1人で発案して、商品開発をして広告のコピーを書いて頑張りました。
僕が頭脳、スタッフは手足という関係で僕の指示命令で組織を動かしていました。

野沢菜漬けが大ヒットしていよいよ事業が離陸…と思った時に、不良品を出してしまい収益の柱を失いました。
そこで、信州味噌ラーメン、そばの実雑炊などの商品を開発しましたが、野沢菜漬けの穴は埋めることはできませんした。
焦った僕は、起死回生を賭け、トンデモない商品を開発してしまいました。

「信州味噌で漬けた銀だらの西京漬け」

それ、西京漬けって言わないよ?(笑)
てか、そもそも海なし県なのに、どこから銀だらを連れてくるん?(笑)

この失敗で通販事業からの撤退を決めましたが、この時の経験から多くを学びました。

1、社長1人が正解を示し続けることは非常に難しい
2、1人で決め、指示命令を出すと社員は他人事になる
3、社長1人で決めると集団は馬鹿になる。「信州味噌で漬けた銀だらの西京漬け」という明らかにおかしな商品開発をしても誰も異論を唱えなかった。

通販事業から撤退し、社員の退職が相次ぎ、僕はヤル気を失い、しばらく何もできませんでしたが、この状態が指示ゼロ経営への道を拓きました。

僕が何もしなくても、社員たちは自分たちができることを自分たちで考え、協働していました。
これが僕の「課題解決能力を持った集団の育成」への方針転換の第一歩でした。

どうすれば指示ゼロチームになるのか?

このブログのタイトルに「自律型組織の作り方」とありますが、実はこれは間違いなのです。
作るものではなく「なるもの」だからです。
これは料理に例えると分かりやすいと思います。
例えば、「今夜は野菜炒めにする」とゴール設定をします。
そして必要な食材を調達し、刻んでフライパンで炒め塩コショウを振れば出来上がります。
必ずできます。誰がやってもできます。
これが「作る」発想です。

指示ゼロ経営の「なる」というのは発酵食品のようなものだと考えています。
僕の妻は毎年12月になると野沢菜を漬けます。
(野沢菜漬けの例は、心が痛みますが…笑)
木の樽に洗った野沢菜を入れ塩を振り昆布と鷹の爪を入れ重石をしたら「後は待つだけ」です。「今年は美味しい野沢菜漬け、作れそう?」と聞いても「そんなの分からない」と言われます。
環境だけ整え待つ…これが「なる」発想です。

野沢菜漬けは年が明けると食べることができます。
毎年、微妙に味が違いますが、これは気候の変化に合わせて最適なカタチをつくるからです。
指示ゼロ経営の職場では、「その時」「その場」「その状況で」チームが最適な役割を決め、柔軟に対応します。

集団の状態を自分たちでチェックする「創発カード」

環境を整えると「なる」…では、そんな環境が必要なのでしょうか?
検証を繰り返した結果、次の7つの要件が必要だということが分かりました。

1、全員が大切にする想いが共有されている
2、職場が「心理的に安全な場」になっている
3、チームワークがなぜ大切か?その理由を理解している
4、みんなが実現を望むビジョンがあり、その決定に社員が参画している。そこに社員1人1人の幸せが含まれている
5、ビジョン実現の方法を任せられている
6、仲間の実践が共有され学び合える仕組みがある
7、仕事の進捗と結果を客観的に自己評価できる情報公開がなされている

さこの7つを基に、さらに18の要件に分解し「自社に指示ゼロの環境が整っているか?」をチェックします。

指示ゼロ経営成立の要件をチェックする「たくらみカード」

指示ゼロ経営を阻害するもの

それは社長です。
悪意があるわけではないのですが、任せるのが怖くなるのです。
自分のコントロール、意図ではなくチームが動くので怖くなり、任せたはずなのについ口を出したりダメ出しをしていますケースが非常に多いです。

また、指示ゼロ経営の原則は「集団は課題に対し自律的に役割を決め解決する力がある」ですので、常に「集団を観て、集団丸ごと」に関わっていきます。
これまで常識とされてきた「社員1人1人に深く関わる社長が偉い」という理想像とは180度違う対応です。
その理由は、1人1人と関わると、何あるとすぐに社長、上司のところに相談が来てしまうからです。
課題解決に対し、「自分たちで」知恵を出し合うのが自律型組織です。
社長、上司のところに来るのではなく仲間に相談し学び合ってほしいのです。

社長は、常に「全体に」課題を投げかけることが求められますが、社長1人対全体という構図が怖くなり、つい個別に密室会議をしてしまうことがあります。
社長が望んで導入を決めた指示ゼロ経営を、社長自らが否定してしまうと非常に厄介です。
自発的に行動したのに、それを否定された人は「二度と自発的に動くまい」と心に誓うからです。

社長は孤独と言いますが、耐えるのではなく自分の内面と向き合い、上手に心を制御する技術が求められると考えています。

僕が指示ゼロ経営を広げたいと願う本当の理由

よく「人に光を当てる経営」と言いますが、指示ゼロ経営ではそうは考えていません。
その理由は、誰かに光を当ててもらえないと輝けないのか?と思うからです。
自分で輝きを放つ力があると信頼しているのです。

さらに言えば、人によって輝き方は違います。
人はこの世に生まれ落ちる時に「個性」という宝を授かっています。
不思議なもので、それが活きた時に心の底から湧き上がるような悦びを感じます。

そして、1人1人が自分の性質・個性を活かし、それが全社的に有機的に結合した時に組織は1つの生命体のようになります。

社員の個性が歓迎され「本来の自分」で仕事をすると、仕事の行為自体から悦びという報酬を得ることができます。
これが誰からも支配されない自由なモチベーションであり、その人独自の輝きなのだと考えるのです。

僕にはおばあちゃんがいました。
大学生の時に亡くなってしまったのですが、おばあちゃんは僕の恩人です。
僕は子どもの頃から集団行動、画一的に管理されるのが嫌いで、先生や親に心配をかけてきました。
人は心配されると「自分はどこかおかしいのでは?」と自信を失っていきます。
それを救ってくれたのがおばあちゃんのひとことです。

ある日、一緒にお風呂に入っていると、おばあちゃんは僕に唐突に「背中を洗ってくれや」と言いました。
僕がおばあちゃんの小さな背中を洗っていると、ぽつりと独り言のようにこう言いました。
「お前は別の者になる必要なんかないぞ。そのままで良いんだぞ」と。
僕は、すごく救われた気がして心が楽になりました。

そして、続けてこう言いました。

「お前は、別の者にならずとも、お前のままで、お前がなるべきものになれるから」

自分自身に許しと信頼と、そして期待を寄せることができた瞬間でした。
これが指示ゼロ経営への道の原体験だったと今では思っています。

僕に「なるべきもの」があるように、全ての人にそれがあると僕は信じています。
それが開花する経営が指示ゼロ経営だと考えているのです。

今、弊社では相変わらず新聞の売上げは下がっていますが、社員が自分の経験や思いをカタチにした地域づくり事業で大きな収益を上げています。
地域に住む、1人1人の個性を活かした住民主体の地域づくりです。
「新聞店だからこそできる、地域の人に喜ばれるカタチ」を追求した結果ですが、非常に指示ゼロ経営的な発想だと、僕は嬉しく思っています。

現在、指示ゼロ経営を導入された企業で、時間はかかりましたが確かな成果を掴んだ方が増えてきました。
「経営者と同じ視点をもつ新入社員」

「自ら輝く人材が育つ会社」

指示ゼロ経営セミナーは基本三部作で構成されています。
「指示ゼロ経営ベーシックセミナー」「自発性が高まる賃金制度」「自発的な人材を集める採用セミナー」です。

関心のある方は「セミナー情報」を御覧ください。

僕は指示ゼロ経営の手法をセミナーや社内研修などで提供する講師業をやっていますが、本質的には「指示ゼロ経営仲間」を増やしたいという想いでやっています。

是非、あなたにも仲間になって欲しいと思います。
いつかお会いできる日を楽しみにしております!

誰も縛らない、誰にも縛られないあなたが大好きです!

 

 

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米澤 晋也

米澤 晋也

1971年長野県生まれ。有限会社共和堂代表取締役
指示・命令をしなくても自ら考え行動する社員を育て、社長が掲げるビジョンに向かい1つになる組織を創る方法論「指示ゼロ経営」の実践組織Tao&Knowledgeを主宰する。
1人1人が自由に行動し、創造性を発揮しながらも調和する、Jazzのジャムセッションのような組織です。
特に2代目、3代目経営者が自分の組織を創るための実務を得意としています。

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