あなたがいつも会っている仲間は、3年後のあなたの姿

友人とひとことに言っても様々ですよね?
昔からの腐れ縁のように仲良くしている親友。
義理があり付き合わざるを得ない友人。
コイツのためなら自分を犠牲にできる親友…

本当に様々ですが「いつもつるんでいる友人」は自分の成長とともに変わっていきます。
どうやら「自分に相応しい人物とつるむ」…類友現象があるようです。
つるんでいる友人は自分の未来の姿とも言えると思います。

自分の成長のために友人を選ぶって打算的でいやらしい感じがしますが、僕はそうは思っていません。
その理由は、「自分の意識の持ち方」の選択だと思うからです。
自分の選択に相応しい相手と自然とつるむようになる。
もし、自分が相手の知名度を利用したくて近づいたなら、相手も「コイツは利用価値があるか?」で判断すると思います。
その域に達した人は、その打算を見抜く目を持っているからね。
でも、本物は付き合ってくれないと思います。

もし向上心や夢を持って相手に近づいたならば同志になると思います。
有名、無名に関わらず。

例えば、僕はいくつかのビジネス系のコミュニティーに入っていますが、入ってよかったと思う一番は同志ができたことです。
入った当初は、先輩が話していることが宇宙語に聞こえました。
レベルではなく次元が違うと思いました。
ビジネスの領域なのに生き方の話をしていたりとかね。
でも、同じコミュニティーのメンバーだから邪険には扱われませんでした。
それがコミュニティーの良いところだよね。

でも、そこに浸かっているうちに段々と解るようになってきました。
それは自分なりに実践を重ねてきたからです。
本物のコミュニティーは実践を重んじますよね?
評論家みたいな態度を嫌います。

実践をするから解り、解るから会話に入って行けて、さらに磨かれる。
そんな好循環があると思います。
気付けば、憧れだった先輩と普通に会話をしていました。

逆に、いつも誰かのせいにしているコミュニティーもありますよね?
「悪いのはアイツ」が基本だから実践をしない→さらに悪くなる→愚痴が弾む…
悪循環だと思います。

だから、「あの人みたいになりたい」と純粋な向上心を感じたら、実践を重ね、その人に会って話をするのがベストだと思うのです。
相手が本物であれば、知名度など関係なしに、向上心を認めてくれ話を聞いてくれると思います。
「雑魚が来やがった」という態度だったら、それは目標にする対象ではないと思う。
あるいは、相手にしてくれなかったら、自分が単なる有名人マニアで実践が伴っていないのかもしれない。

本物は、実践をしている姿を認め、尊敬の念を抱き受け入れてくれると思います。
その人は3年後の自分の姿かもしれません。

それでは今日も素敵な1日をお過ごしください!

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米澤 晋也

米澤 晋也

1971年長野県生まれ。有限会社共和堂代表取締役
指示・命令をしなくても自ら考え行動する社員を育て、社長が掲げるビジョンに向かい1つになる組織を創る方法論「指示ゼロ経営」の実践組織Tao&Knowledgeを主宰する。
1人1人が自由に行動し、創造性を発揮しながらも調和する、Jazzのジャムセッションのような組織です。
特に2代目、3代目経営者が自分の組織を創るための実務を得意としています。

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